2010年NPT再検討会議に会長・副会長(長崎市長)をはじめとする代表団が参加し、議長にヒロシマ・ナガサキ議定書に賛同する自治体署名1,577筆とCANT署名1,024,820筆を提出しました。

2010年5月[米国・ニューヨーク市]

ニューヨーク(米国)で開催されているNPT再検討会議に、平和市長会議加盟都市による市長代表団(10か国30都市89人)を組織して参加しました。同会議では、公式行事であるNGOセッションでのスピーチや核保有国代表との協議を通して、各国政府代表等に直接被爆地の声を伝え、2020年までの核兵器廃絶の実現に向けた取組の実施を訴えるとともに、多くの平和NGOやニューヨークに集結した世界の市民との連携を強化し、核兵器廃絶の国際的気運の醸成を図りました。

4月29日

 秋葉市長は平和市長会議、PNND(核不拡散・軍縮議員連盟)、IALANA(国際反核法律家連盟)、国連チリ政府代表部の共催で開催した非核兵器地帯条約に関する市民社会フォーラムに出席しました。  秋葉市長は、このフォーラムの「非核兵器地帯から核兵器のない世界へ」と題したセッションでスピーチを行い、2020年までの核兵器廃絶の実現に向けた取組の実施を訴えました。

4月30日

 秋葉市長は非核兵器地帯条約の締約国による会議に招待されスピーチを行いました。核保有国の姿勢を「子供に火遊びをさせないために家の地下室をガソリンで満たす親」のようなものだとして批判し、核廃絶の緊急性を訴えたほか、核保有国首脳の広島、長崎訪問を訴え、核兵器廃絶に向けた一刻も早い交渉開始に向けて非核兵器地帯条約締約国がリーダーシップを発揮することを要請しました。

5月1日

 午前中、様々な平和NGOが実行委員会をつくって開催した会議「核のない平和で公正で持続可能な世界のために」の分科会「都市の役割」に出席しました。リバーサイドチャーチで行われたこの会議で、広島市の藤田市議会議長、長崎市の吉原市議会議長が、核兵器の惨禍は二度とあってはならないと訴え、仏マラコフ市及びヴィトリー・シュール・セーヌ市代表がそれぞれの市での平和文化構築の取組を紹介しました。
 コメントを求められた秋葉市長は、OBサミットで、「各国の首脳は広島、長崎を訪問すべき」との提言があったことを紹介するとともに、核兵器廃絶の緊急性を強調し、それは今の世代が責任を持って解決すべき問題であると訴えました。長崎市の田上市長は、心に血を流しながら証言をしてくれている被爆者の思いをしっかり受け継いでいかなければならないとし、そのためにも都市には地球的課題と地域をつなぐ役割があると指摘しました。最後にYES!キャンペーン事務局の小松真理子さんが「ヒロシマ・ナガサキ議定書」に賛同するキャンペーンの活動を紹介して終了しました。

 午後から広島市長・市議会議長、長崎市長・市議会議長、フランス代表、非核宣言自治体協議会代表、NYばってん会等のみなさんと、マンハッタン島の最南端に位置するバッテリーパークに向かい、ワールドトレードセンター跡地から移設された9.11事件慰霊のモニュメントを訪問して献花を行い、平和な世界の実現のために努力することを誓いました。

 夕方、リバーサイドチャーチに戻り、再び平和NGO主催の会議「核のない平和で公正で持続可能な世界のために」の最終全体会に出席しました。この全体会には、潘基文国連事務総長も出席され、スピーチで、核軍縮は優先順位第一であること、政治的意志が重要であること、核保有国はNPT第6条の義務を果たすべきであること、8月には広島に行くこと等を述べ、熱烈に歓迎されました。
 最後のスピーカーとして秋葉市長がスピーチし、平和市長会議加盟がいまや約4000都市に増えていることを紹介し、核廃絶は緊急の課題であり、2020年までに今の世代の責任で解決しなければならないと訴えました。また、潘事務総長やオバマ大統領の核兵器廃絶に向けたリーダーシップへの支援が世界的に広がっていることを指摘し、世界の指導者は被爆者と直接対面し、心からの願いに耳を傾けるよう要請しました。

5月2日

 タイムズスクエア近くの道路を通行止めにして平和NGOによる平和集会が行われました。秋葉市長ほか平和市長会議の代表は、平和の火のトーチを持って壇上に上がり、平和市長会議の横断幕を掲げてアピールしました。秋葉市長と田上市長が英語でスピーチを行い、「高齢化する被爆者が存命のうちに、2020年までに、核兵器廃絶を実現させよう。」と訴えると、聴衆は大声援で応えました。

 平和集会後、約2万人による平和行進が行われました。広島・長崎の市長・議長は先頭で主催者が用意した横断幕を持って行進し、その後ろを平和市長会議代表団が続きました。行進は、1時間半かけて国連前まで進みました。

 平和行進終了直後、国連前の歩道に来られたカバクチュラン議長とドゥアルテ国連軍縮担当上級代表に対し、秋葉市長と田上市長が、ヒロシマ・ナガサキ議定書への都市首長賛同署名1,577筆とCANT市民署名1,024,820筆(2007年2月からの累計。うち370,221筆は2008年10月27日にデスコト国連総会議長に提出)の一部を手渡しました。
 NPT再検討会議議長に平和NGOが集めた署名を提出する機会は2回設けられており、5月4日にも、平和関係署名を提出しました。

5月3日

 午前中、広島市長、長崎市長、広島市議会議長は、国連総会議場で行われたNPT再検討会議開会式を傍聴しました。

 午後から、広島市の秋葉市長、藤田議長は国連内の会場でおこなわれた、爆心地復元映像上映会に出席しました。この作品は、被爆者のインタビューと被爆前の爆心地をコンピュータグラフィックスで復元した映像を組み合わせて、原爆で失われたものを訴えており、広島市の田邊雅章氏が制作されました。秋葉市長は挨拶で、田邊氏の家が原爆ドームのすぐ横にあったことを紹介し、この作品の重要性について述べました。

 平和市長会議の役員都市で構成する2020ビジョンキャンペーン協会の運営委員会を開催し、今後のキャンペーンの展開について協議しました。

 続いて、長崎市の田上市長、吉原市議会議長とともに国連内で開催された 広島長崎原爆展の開会式に出席しました。赤坂・国連広報担当事務次長の司会で秋葉市長、田上市長、坪井被団協代表が挨拶しテープカットしました。会場には、高須国連代表部大使や川口順子参議院議員、志位共産党委員長等の姿もありました。

(写真:時事通信社)

 夜になると、ユニオンスクエアの公園の一角にロウソクを灯して、被爆者の証言を聞く会が開催されたのに参加し、主催者を激励しました。

 また、被団協や米国のNGO等で構成するプロジェクトチームが、NPT再検討会議の期間に合わせ、米国内の複数の高校等において被爆者証言を行う「被爆者証言プロジェクト」のレセプションが国連内で開催され、出席しました。

5月4日

 午前中、平和市長会議主催会議を開催し、基調講演者として潘基文国連事務総長を迎えました。潘事務総長は、今こそ全面的な核軍縮を行わなければならないとして、平和市長会議のヒロシマ・ナガサキ議定書をはじめとする取組を賞賛し、感謝の意を表すとともに、今年の広島での平和記念式典に参列することを改めて表明しました。
 秋葉市長は事務総長にお礼を述べ、市民社会は潘事務総長とともに努力することを約束するとともに、①核廃絶が最優先事項であること、②政治的意志が重要であること、③時間的期限、特に2020年が重要であること、④交渉を今すぐ始めなければならないこと、⑤各国の首脳は広島・長崎を訪問すべきであることを指摘しました。最後に平和記念式典参列者が折った金色の千羽鶴を手渡しました。
 続いて、協力して取組を進めるべき組織の代表として、国際赤十字委員会、核不拡散・軍縮議員連盟(PNND)、ピースメッセンジャー都市国際協会、国際労働組合総連合(ITUC)からの代表者が、核兵器廃絶に向けたそれぞれの取組について発表しました。
 さらに、各都市からの意見として、スペイン・グラノラーズ市長、フランス・オバーニュ市長、イタリア・マッツァリーノ市長、イギリス・ダンディー市議会議員、ベルギー・モートセル市長、長崎市長、長崎市議会議長、広島市議会議長、草津市代表、枚方市長、藤沢市長がそれぞれ核兵器廃絶と世界恒久平和に向けた取組と決意を発表しました。また、長崎市の被爆者、下平作江さんが自らの被爆体験を語り、二度と戦争があってはならないと訴えました。

 再検討会議の午前のセッション終了後、国連総会議場において、平和市長会議ほか3団体が、5月2日に続き、2回目の平和関係署名を提出しました。平和市長会議からは広島・長崎両市長など8都市の代表が出席し、秋葉市長と田上市長が、カバクチュラン議長とドゥアルテ国連軍縮担当上級代表に対し、ヒロシマ・ナガサキ議定書への都市首長賛同署名1,577筆とCANT市民署名1,024,820筆(2007年2月からの累計。うち370,221筆は2008年10月27日にデスコト国連総会議長に提出)の一部を手渡しました。

 午後から、日本の自治体職員が、平和を訴えるためNPT再検討会議にあわせてニューヨークで開催した会合「自治労連2010自治体労働者の集い」に出席し、秋葉市長、藤田市議会議長が激励の挨拶を行いました。

 続いて、秋葉市長は田上市長とともに日本の連合が加盟している国際労働組合総連合(ITUC)主催の核軍縮に関する会議に出席しました。秋葉市長は、①核廃絶は最優先事項であること、②政治的意志が重要であること、③時間的期限、特に2020年が重要であること、④交渉を今すぐ始めなければならないこと、⑤リーダーが重要であることを指摘しました。

 夕方、秋葉市長は市内のペース大学に移動し、ニューヨーク市立大学等が共催する平和に関する学術会議に出席しました。この会議で秋葉市長はスピーチを行い、平和市長会議加盟都市が約4000に増えていることを紹介し、「核廃絶は喫緊の課題であり、今すぐ行動しなければならない。」と述べるとともに、ジョン・レノンの「一人で夢見てもただの夢だが皆で夢見れば現実になる」の言葉を紹介し、核兵器廃絶に向けともに頑張ろうと訴えました。

5月5日

 午前中、世界宗教者平和会議の役員及び諸宗教の若いリーダー計60人による会合に出席しました。秋葉市長は、ヨハネ・パウロ二世の言葉「過去を記憶することは未来に対する責任を担うことだ」を引用するとともに、被爆者の「他の誰にも同じ思いをさせてはならない」を原点とする平和市長会議の活動を紹介し、世界の市長たちとともに平和な世界を築いていこうと呼び掛けました。

 午後から秋葉市長はフランス国連代表部をフランスの市長たちとともに訪問し、エリック・ダノン ジュネーブ軍縮会議大使に面会し、フランスの政策について意見交換を行いました。

 夕方、秋葉市長はカナダのダグラス・ロウチ元上院議員なども出席するPNND(核不拡散・軍縮議員連盟)主催会議に出席しました。この会議で秋葉市長は、平和市長会議を支える市民活動としてYES!キャンペーンの「ヒロシマ・ナガサキ議定書」に関する冊子の作成や、キャラバン隊が自治体を訪問して1000以上の議定書賛同署名を得たことを紹介しました。

5月6日

 午前中、秋葉市長がMPI(中堅国家構想)執行委員会の執行委員会に出席し、今後の活動方針等について協議しました。

 夕方、ハーレムに移動し、平和市長会議代表団で、ニューヨーク黒人社会の平和団体「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア非暴力センター」主催のレセプションに出席しました。秋葉市長は挨拶で、広島市の成人祭で毎年キング牧師に関する冊子を配っていることや、平和市長会議の活動を紹介しました。「被爆者が存命のうちに核兵器を廃絶しなければならない」と訴え、「子どもたちのために一緒に努力しよう」と締めくくると、会場は大きな拍手に包まれました。続いて田上市長も核兵器の廃絶を求める旨のスピーチをしました。また、長崎の被爆者・下平さんが平和への願いを語られました。  続いて、広島・長崎両市長に、同センターから「ワールド・ハーモニー賞」が授与されました。

5月7日

 午後、アメリカのスーザン・バーク大統領特別代表(核不拡散担当)に面会し意見交換を行いました。オバマ大統領の姿勢を評価し、核のない世界という共通の目標に向かって市長の立場から協力していきたいことを述べるとともに、大統領の被爆地訪問への協力を求めたのに対し、バーク氏は、市長たちの協力に感謝するとともに、核軍縮は長い時間がかかる問題であるとの認識を示しました。

 その後、NPT再検討会議の公式プログラムである「NGOセッション」に出席しました。このセッションでは、各国政府代表等約400名の出席のもと、NGOの代表が意見を述べました。ノーベル平和賞受賞者ジョディ・ウイリアムズ氏、長崎の被爆者である谷口稜曄(すみてる)氏、パグウォッシュ代表で元国連事務次長のジャヤンタ・ダナパラ氏等16組がスピーチを行い、秋葉市長と田上市長は最後にスピーチを行いました。
 秋葉市長は、広島で開催されたOBサミットの最終コミュニケで世界の指導者が広島を訪問するよう提言したことを紹介し、「高齢化する被爆者が存命のうちに核兵器を廃絶するためにも、2020年という期限を定めて核兵器廃絶に取り組むことが非常に重要である。」と訴えました。さらにオバマ大統領や潘基文国連事務総長、非同盟諸国の核軍縮に向けた取組を評価し、「必要なのは政治的意志であり、約4000の平和市長会議加盟都市や広島・長崎の被爆者と共に2020年までの核兵器廃絶を成し遂げよう。やればできる。」と結ぶと会場から大きな拍手が起こりました。続いて、田上市長が、「核兵器の抑止力に頼ったことで世界全体がかえって核兵器の脅威にさらされているこの『現実』を直視すれば、『核兵器のない世界』の実現だけが都市を核兵器の脅威から解放し、国際社会の永続的な安全を保障することを理解できるはず」だとして、全ての国の代表者がNPT再検討会議の成功のために力を尽くすとともに、「核兵器禁止条約」に向けて努力を始めるよう訴えました。

会長スピーチ 副会長(長崎市)スピーチ