- 実施日(期間):2002年7月8日‐12日
- 実施場所:イリノイ州ブルーミントン、イリノイ・ウェズリアン大学
- 参加予定数:12人
- 概要
講座とワークショップのめざす目標は、われわれの核の未来がどのようなものとなり得るかを理解し、生徒がよりよい世界へと続くよりよい道を拓き、世界平和への新たな道を拓くことを課すものである。生徒とワークショップ参加者は、これが緊急とされる理由をすぐに理解するであろう。
「平和への道」は、元マンハッタン計画化学者のジェームズ C. ウォーフによるテキスト、All Things Nuclearの最後の章にある。
これを通して、戦争やテロリズムに深刻に苦しんでいる世界のための新たな、革新的解決策を模索する。
筆者、R. G. ウィルソンがその章の半分を著した。これを、同僚である庄野直美の「広島は昔話か」で補足する。
この本の最後の章は「平和のために何ができるか」を問うものだ。
アメリカの大学や学校で、日本人の核戦争体験の実相、すべての国に脅威となっている核の実態、平和で公平、平等な世界を実現するための現実的な考え方の模索についてこのように具体的な授業を行う学校は稀である。物理学のワークショップでこれらのテーマを扱っている学校はさらに稀である。
この希少価値により、この講座を修了する生徒は、国の政策を策定する政治指導者や議員などよりずっと、これらの問題に関する知識が豊富になるであろうと信ずるものである。
(ある聡明な生徒は物理239を当校の必修科目にすべきだと言っている)。
インターネットに2002年パイロット・ワークショップの案内が出されており、物理239の概要説明がある。 http://titan.iwu.edu/~physics/Hiroshima/
平和文化センターは充実した内容だと思われることを信じている。
世界の核、核関連問題の深刻さを把握した、物理学の最先端で活躍する教授陣による講義という利点をもちながら、ワークショップはまさしくこの内容で進められるのである。
ワークショップに参加することを選択した参加者は、実体験に遭遇することを期待するであろう。
以下の文章は、参加者にとって、手で触れ、耳で聞き、実感するものとなるであろうことを明白に説明するものとなる。
参加者をバーチャル空間に案内し、ヒロシマ・ナガサキの人と物の瓦礫の中をさまよい、きわめて低開発の世界の非核性荒廃を垣間見る。これはすべて、荒んだ、あるいは病んでいるといってもいい世界の病状なのである。
物理239でもちあがる道義的、倫理的な疑問があり、ワークショップの参加者からも出てくるであろうと予測される。
それは、今日の世界における安全保障に関する発想と実体験の苦闘の一部となる。核爆発の下にある都市に何が起きたかを理解し、生徒やワークショップの参加者は、ヒロシマ、ナガサキの被爆から事実上「生き延びる」のである。
短時間。日本のフィルム、「黒い雨」、「はだしのゲン」、「予言」、「母たちの祈り」の観賞を通して、核兵器の致命的な惨禍を見、学ぶことであろう。
われわれが作った演習を通して、彼らは二都市の物質的な瓦礫とともに、人の残骸を見ながら通りを「歩く」。
被爆者の証言を聞き、広島の爆心地となった病院の島かおる博士について学び、被爆後を生き抜いたヒバクシャについて学び、世界が学んでおくべきであった教訓について学ぶのだ。
「ラジオ・ビキニ」、「半減期」などのフィルムを通して、美しかった島々が、核実験で荒廃してしまった体験を語るビキニやロンゲラップの人々を見、話を聞き、ロンゲラップで清掃前に何センチもつもっていた放射性降下物について学ぶ。
「核戦争‐ハルマゲドンへのガイド(BBC)」から、ロンドンへの1メガトンの核攻撃の結果を学ぶ。
ワークショップ参加者は、カザフスタンにあるソ連の核実験場や、ネバダにあるアメリカの核実験場の周辺住民への恐ろしい影響を目の当たりにすることであろう。
そして、核攻撃が自分の身にふりかかったとき、何が起こるであろうかを徹底的に理解するのだ。
ワークショップの参加者はこれについてあまり知識はなく、庄野が「広島は昔話か」という題をつけた理由を納得するのである。
2002年のパイロット・ワークショップについては、ワークショップの案内が全米物理教師協会(AAPT)の国際版ジャーナル2誌に掲載され、物理教師の「リストサーブ」に載せられている。核時代平和財団をはじめとしたいくつかの組織が平和教育を推進していることにすでに注目している。