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田上富久 長崎市長のカザフスタン訪問の報告 |
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カザフスタンのセミパラチンスク核実験場では、旧ソ連時代の1949年以降、約40年間に450回以上の核実験が行われました。周辺住民には正確な情報が伝えられないまま、放射能汚染が繰り返され、百万人以上もの人が被曝したといわれています。 実験場閉鎖から20年が経つのを記念して、カザフスタンの首都アスタナで10月12日と13日に開催された「核兵器のない世界を目指す国際フォーラム」に、被爆地の市長として、また平和市長会議を代表して出席しましたので、関連行事も含めて報告します。
まず会議に先立ち10月11日に、フォーラム会場の独立宮殿にて、「ヒロシマ・ナガサキ写真パネル展」を開催しました。 その後、カザフスタン人文法科大学を訪れ、300人以上の学生たちを前に、非核特使の本村チヨ子さんに被爆体験講話をしていただきました。 被爆体験の証言をとおして、積極的にコミュニケーションをとろうとする本村さんの姿は、カザフの若者の心に強い印象を残したことと思います。
翌10月12日、いよいよ「核兵器のない世界を目指す国際フォーラム」が開幕し、開会式に引き続き開催された「核兵器のない世界の実現」をテーマとした討論で、発言の機会をいただきました。
10月13日は、フォーラムのプログラムの一つとして、セメイ市(旧セミパラチンスク市)を訪れました。
ソ連最初の原爆実験、水爆実験が行われた核実験場も視察しました。 ステップと呼ばれる広大な荒れ野の中に観測用のコンクリートの廃墟が点在し、私たちが乗ったヘリコプターが着陸したところから約1km先には赤い旗が立てられた「爆心地」が見えました。
フォーラムの締めくくりとして、セメイ市内の核実験犠牲者を悼むモニュメントのある公園で、約2万人もの住民が集まり、実験場閉鎖20周年を祝う集会が行われました。 私は、中央アジア5カ国を非核兵器地帯化する「セミパラチンスク条約」の発効に主導的な役割を果たし、そして実験場の閉鎖と核兵器の放棄という勇気ある道を選んだカザフスタンから、「核兵器のない世界」への道をめざし行動する人々の輪が世界に広がるよう希望すると演説しました。
今回のカザフスタン訪問では、特にセメイにおいて、「ナガサキ」という言葉を聞いて、集まったカザフの人たちの間から歓声が起きました。 私は被爆地市長として、たいへん誇らしく思いました。 と同時に、カザフスタンとも連携し、核兵器の恐ろしさを世界に伝え、一日も早く核兵器のない世界を実現させなければならないとの思いを新たにしました。 |
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