
『ヒロシマ・ナガサキ原爆展』では、原爆写真パネル・被爆資料等の展示、各種映画の上映、また被爆体験証言などを行います。これらの内容の詳細については、現地主催者側との協議により決定します。
- 1. 原爆写真パネル
- 1枚のサイズは最大160cm×110cmで、会場の面積に応じて同率比で縮小可能です。パネルの厚みは1cm程度です。
全部で58枚のパネルで構成され、4枚組みのパノラマ写真(160cm×440 cm)2セット、2枚組パネル(160cm×220 cm)2セットを含みます。なお、パネルは開催地の公用語で作成し、原爆展終了後は開催国で継続的に巡回展示ができるよう調整を行います。
- 1枚のサイズは最大160cm×110cmで、会場の面積に応じて同率比で縮小可能です。パネルの厚みは1cm程度です。
- 2. 被爆資料
- 原爆の犠牲になった方が身につけていた服や時計、熱線で焼けた瓦、火災で溶けて変形したガラスなど、広島市・長崎市が収集・保存している、被爆の惨状を伝える貴重な資料を展示します。内容と数は主催者との協議により決定しますが、これまで平均して1会場で20点ほど展示しています。
- 3. 被爆体験証言
- 広島・長崎で原爆を体験した被爆者が、自らの体験を語ります。原爆展にあわせて、周辺の学校、地域団体の集会所などでも実施できます。
- 広島・長崎で原爆を体験した被爆者が、自らの体験を語ります。原爆展にあわせて、周辺の学校、地域団体の集会所などでも実施できます。
- 4. 映画上映
- 原爆被害の実相を伝える記録映画、被爆者の証言、アニメーションなどを上映できます。
タイトル 区分 / 時間 内容 言語 ヒロシマ:
母たちの祈りドキュメンタリー
約30分広島市の被爆当時の姿を撮影したフィルムをもとに、母親の視点から核兵器の廃絶と平和の尊さを訴えた記録映画です。 英・仏・西・露・独・
伊・中・韓・日・タイ
インドネシア・マレー
ポルトガル・アラビアヒロシマの
証言ドキュメンタリー
約150分広島の被爆者の証言を収録したものです。約10分の証言を15人分収録しています。 英 ナガサキの
少年少女たちドキュメンタリー
約30分長崎の被爆直後の実写フィルムや被爆者の証言などをもとに制作したものです。 英/日 つるにのって アニメーション
約30分平和と核兵器廃絶の大切さを子供たちに分かりやすく描くアニメです。幼い時被爆し12歳の時白血病で亡くなった佐々木貞子さんの実話を踏まえてつくられたものです。 英/仏/日 ピカドン アニメーション
約10分被爆者の手記と絵をもとに制作された短編アニメです。セリフのない10分の物語の中で原爆投下の瞬間をリアルに描いています。 無音声 - 5. 折り鶴コーナー
- 『折り鶴』は平和のシンボルと考えられ、毎年たくさんの折り鶴が広島・長崎に寄せられています。それは、2歳で被爆、12歳の時に原爆症を発症し亡くなった佐々木禎子さんという少女が、病気が治ると信じ鶴を折り続けた実話が基になっています。
原爆展に来た人に、核兵器廃絶と平和への願いを込めて折り鶴を折ってもらうコーナーを、会場に設置することができます。


<折り鶴コーナー設置に必要なもの>
折り紙 1,000枚 (希望があれば送付します)
「鶴の折り方」インストラクション → 
「鶴の束ね方」インストラクション → 
-
完成した折り鶴を送っていただいた場合、広島平和記念公園内の「原爆の子の像」に捧げさせていただきます。

- 『折り鶴』は平和のシンボルと考えられ、毎年たくさんの折り鶴が広島・長崎に寄せられています。それは、2歳で被爆、12歳の時に原爆症を発症し亡くなった佐々木禎子さんという少女が、病気が治ると信じ鶴を折り続けた実話が基になっています。
ロザリオ(長崎) 浦上天主堂(爆心地から約500m)の礼拝堂でミサをあげていた信徒10数人は、原爆により倒壊した天主堂の下敷きとなって全員が亡くなりました。このロザリオは、その時、信徒の一人が持っていたものです。 | 懐中時計(広島) 二川謙吾さん(当時59歳)は、市の中心部へ建物疎開作業に向かう途中、被爆しました。右肩から背中、頭部に大火傷を負い、8月22日に死亡しました。この時計は、息子から贈られたもので、肌身離さず持ち歩いていました。 | 中学生の学生服(広島) 中学校1年生の北林哲夫さん(当時12歳)は、建物疎開作業現場で被爆しました。重傷を負いながらも自宅にたどり着き、両親の看護を受けましたが、翌8月7日に死亡しました。 |
